痛いってどこにあるんだろう

家に角砂糖しかない。

量を調整しやすい、という理由だ。

ガラスの瓶に入れている。

 

ココアを作ろうと、久しぶりにその瓶を開けた。

 

痛い。

親指から血が出ている。

 

瓶の口が割れていた。

綺麗に割れたガラスで切った指からは、

多くはないが、ずっと血が出ている。

 

先日観た映画でも指を切るシーンが出てきた。

隊員の血をシャーレに集め、血液検査をする。

一人ずつ、検査していく。

敵に体を乗っ取られていないか、仲間を検査していく。

 

親指から滲んでいる血を見ながら、

自分の血は大丈夫かと不安になった。

 

 

 

ココアは美味しかった。

声の届く範囲は

小学生の時、すごく声が小さい女の子がいた。

話すのが苦手なのか、単に声が小さいのか、わからない。

とにかく、声がものすごく小さいのだ。

口が微かに動いているのは分かるのだが、音は聞こえてこない。

 

性格がすごく暗いわけでもなく、笑顔も記憶に残っている。

 

その子は教室の一番左後ろに座っている。

国語の授業で音読する際、

「教室の対角の人が聞こえるまで音読を続けなさい」

と先生が言う。

 

皆、物音一つさせず、彼女の声に集中している。

やっぱり聞こえない。

 

半年くらい経った頃、声が少し大きくなってきた。

教室の真ん中、それよりもう少し向こう側まで聞こえるようになってきた。

どうやって判定しているかというと、

どこまで聞こえたか他の生徒が手を挙げるのだ。

 

最終的には教室中になんとか届くようになってた。

みんな拍手していた。

 

 

あの子にとってあの教室の風景はどんな風に見えていたんだろうか。

教室中が完全に自分の声に集中し、どこまで声が聞こえたか手を上げる生徒の範囲で

判定され、もっと頑張れと言われ。

 

今日は国語がある 出席番号的に今日は当たるかもしれない 1時間後には国語だ

 

自分がもしあの子の状況だったら、

国語が大嫌いになっていただろう。

あの子はどう思っていたんだろう。

 

中学は学区が異なったので違う学校になったはずだ。

あまり覚えていない。

 

 

あの子が笑顔だったから、みんな安心していたのかもしれない。

 

 

 

あとコーラのSサイズもお願いします

「よーし、今日はピザにしようぜー」

 

デブの先輩が大声で言う。

こうしてピザパーティが始まる。

 

またか。

 

すぐパーティにしたがる。

ピザパたこパ鍋パ

すぐにパーティだ。

実家でたこ焼きを食べていたあれはホームパーティだったのだろうか。

 

ピザどれにするー?3枚でいいかなー?

みんなの気分は上がっている。

ピザを待つ間、皆ウキウキとパーティの準備を始める。

 

このウキウキ感がすごく苦手だ。

今すぐ帰りたくて仕方がない。

仕事の残量的には帰ってもいいが、もうちょっと進めておくか程度。

もうちょっと早めに帰っていればこのパーティの始まりに出くわすことがなかったのに。

後悔しながら、準備には参加せず、すごく忙しいフリをしている。

 

 

ピザが届いたらしい。

 

「お前もこいよー」

「ああ」

ドアの向こうから賑やかな声が聞こえてくる。

 いい匂いがする。

 

パソコンの電源を切り、

気づかれないようにいつもと違うドアから逃げるように帰る。

 

 

「あ、もしもし、マルゲリータのSお願いします、あとコーラも」

 

ワンダーランド

おそい

 

最近、銭湯・サウナにハマっている。

湯遊ワンダーランドという漫画の影響だ。

それはもう毎日のように水風呂に入りたいくらいハマっている。

 

今日も行ってきた。

サウナ12分×5セットくらいした。

脳からなにか蜜が出ているのを感じた。

口が半開きだったと思う。

 

温めの水風呂に入りながら、

体を洗っている人や、湯船に浸かっている人のことをジーッと見ていた。

勢いよく体を洗うデブ、背中に大きな入れ墨が入ったデブ、ゆっくり湯船に入ろうとするガリ、いろんな人いる。

短髪の髪を一生懸命クシでオールバックにして、上がるかと思ったら、急に頭洗い出したりだとか。みんなそれぞれの思考回路をすぐに体現してくれる素晴らしい空間だ銭湯は。

 

一つ今日わかったこと。デブ・ガリ・入れ墨・外国人、初心者、全員に共通すること、

 

「動きがいつもの1/10の速度」

 

湯船から上がってくるところなんてめっちゃゆっくりだし、

次の浴槽までの移動もすごくゆっくり。

 

そして、ゆっくり、湯船に入る。

 

ふぅ

 

帰りたくない。

ワンダーランドだここは。

「今年は帰ってくるのか?」

 

地元の友人から連絡が来た。

まだ年末まで1ヶ月もある。

いや、もうあと1ヶ月なのか。

 

大学入学と同時に実家を出てから、

地元に帰りたいと思ったことはない。

 

帰っても落ち着かない。

ここは自分のいるところではないと感じる。

 

独り暮らしの部屋にいても落ち着かない。

 

どこにいれば落ち着くのか。

 

 

コンロ

ホーローのポッドを使ってお湯を沸かしている。

 

正直不便だ。

火を使っているからその場を離れられないし、

ミトンを使わないと持ち上げることもできない。

 

でも、この時間が好きだ。

火をつけた瞬間のガスのにおい、

少しずつ大きくなる音、

ミトン越しに伝わる熱。

 

まだかなぁ、

と思いながら、本を読む。

 

この時間が結構好き。

すっぴん

右目が少しだけ乱視である。

 

ある日、ふと寄ったハードオフでサングラスを買った。

ほぼ新品のRay-Banのサングラスだった。

ケースもピカピカだった。

 

初めてのサングラス。

普段帽子も被らないので、

顔になにか付けて歩くのが小っ恥ずかしかった。

 

眩しくない。

全く眩しくない。革命だ。

毎日のようにサングラスを掛けて出かけた。

 

今まで日中眩しくて目を細めて歩いていた生活に戻れないくらい目を開けて生活できる。

なにもかもがはっきりと見える。

 

眩くないだけではなかった。

あることに気がついた。

少し、こころが落ち着いていた。

 

 

道行く人 電車で向かいに座っている人 ティッシュを配っているお姉さん

 

あらゆる人と物理的な壁を1枚(いや2枚か)挟んで生活できる。

一歩離れた感覚でいられる。

 

眼鏡でも同じ効果を得られるのだろうか。

透明でも同じ効果は得られるのだろうか。

 

 

恐る恐る眼鏡屋に入る。

折角人と壁を作るために買うのだ。友人などに眼鏡を買った理由を聞かれた時に面倒くさいので、右目のレンズにだけ乱視の補正を入れた。

レンズはブルーライトカットなので、完全に透明ではなく、

うっすら黄色掛かっている。

 

サングラスに比べると効果は落ちるが、

食事やお店でもずっと掛けていられる眼鏡はすごく良い。

常に壁を挟んで人と接することができる。

最強アイテムを手に入れた気になった。

 

もはや顔になにも付けないで人と接するのが恥ずかしい。

 

壁を設けることで、人との距離を縮められたかもしれない。