あそこを左です

数ヶ月前、実家が引っ越した。

 

私は大学進学と同時に実家を出たので、18歳まで住んでいた実家は、もうない。

記憶は朧げだか、小学校に入学する少し前に元実家に引っ越したので、11年くらいは住んだのだろう。幼稚園を卒業するまでの少しの間、母親が運転する原付の足場に座り込んで通園し、ウインカーを出す係をしていたのをよく覚えている。よく捕まらなかったものだ。

幼稚園児には時速30kmの風は強風だった。

 

元実家に引っ越した直後に大雨が降り、新築の家は見事に雨漏りをした。窓枠がびしょびしょになり、こどもながらかなり悲しい気持ちになった。どうやら外壁の施工に問題があったらしい。新築の家に毎日のように業者の人が来て落ち着かなかったのを覚えている。工事の際、外壁の色を変更できたらしく、色は母親が決定したらしい。

 

家の周りにに足場が組まれ、全体がグレーの布で覆われた。

外壁工事が終了し、新しい家が現れた。

そこには、真っ青の家があった。

 

もう、全面真っ青。

驚くほど青。

空かと言わんばかりの青。

道案内するときに「青い家を左折」と目印にされるほどである。

 

父親は、なぜ青にしたのかと問うていたが、どうせ今思うと母親に何色にするか聞かれた際に何色でもいいと答えたのであろう。いつもそうだ。なんでもいいと言いながら、なんでもよくないのだ。

 

そんな真っ青の実家はもう、実家ではない。そんなに遠いところには引っ越してないらしいが、詳しい住所は聞いていない。

 

滅多に帰省しないのだが、次帰る時私はどこに帰ればいいのだろうか。

それはもはや帰省なのだろうか。

もし帰ったとしても、ただいまではなく、おじゃましますと言ってしまいそうだ。

 

電気のスイッチがどこにあるかも、コンセントがどこにあるかも、トイレがどこにあるかも、お湯のスイッチがどこにあるかもわからない。

真っ暗闇のなかで一発で電気のスイッチを入れられたり、真夜中に電気も点けず階段を降りトイレに行くこともできたあの家はもう実家ではなくなってしまった。

 

世間話をしているとき、ふとした沈黙を埋めるために聞かれたさして興味のない実家はどこなのかという質問にはなんと答えればよいのだろうか。

 

今はもうくすんでしまった青い家。

次は何色の家に住んでるんだろ。