成人式

赤、白、青、黄

鮮やかな振り袖を身に着け、

髪を飾る新成人が駅にたくさんいた。

緊張した面持ちで、数人で輪を作っている。

しばらくすると、同じく成人を迎える娘を持つのであろう男性が運転する

ワゴン車が駅前に止まり、晴れ着の新成人はありがとうございますと

言いながら乗り込んでいく。

皆笑顔だ。思わず目を背けてしまった。

 

最近、毎週金曜日に飲みに出かけるようになっている。

以前は全くと言っていいほどお酒を飲まなかったのに、

20代最後の歳になって、朝まで酒を飲むのが習慣になってしまった。

金曜日、早い時間からお店に入り、

お店を転々としながら知らない人とどうでもいい話をし、

気付いたら外は明るくなっている。

 

ふとこんな話を昔からの友達にすると、

すごく珍しがられる。

酒、タバコ、ギャンブル、女

こういうものに全くして来なかったことを知っているからだ。

全く興味がないと思っていた。

酒と涙と男と女

すべて別世界の話だった。

 

いつも行くお店はどこも10人も入れば満席で、

それでも入ってくる場合は、立呑か後ろの棚で酒を飲む。

何年前からあるのかわからないそのお店はもちろん喫煙可能である。

みんなぷかぷかタバコを吸っているので、店内は霞んでいる。

私自身はタバコは吸わないが、

祖父、親父、叔父、叔母と親戚に喫煙者が多かったせいか、

煙は全く気にならない。

吸ったこともないくせに、

あー、タバコ吸いたいなぁ

と思うこともあった。

タバコに気をつけた瞬間の匂いは大好きだった。

 

ある日、たまたま隣に座った女性が

キャメルを1本くれた。

初めてまるまる1本タバコを吸った。

すごく美味しいと言ったら、

もう1本くれた。

その女性が火を付けてくれて、

うまいっしょ

となんとも言えない表情で言ってくる。

笑顔のような悲しい顔のようなよくわからない表情だった。

またタバコあげるね、言いながら出ていった。

 

駅で新成人が乗った車が出発するのを見送った後、

駅前にあるタバコ屋さんでキャメルを買った。

店主のおっちゃんに初めて買うことがバレないように、

軽い感じで、キャメルある?とタメ口で言う。

完全に上ずっている

キャメルのどれ?と指を指して促される。

わからん。全くわからん。と思いながら、

普通の。

一番嫌いな普通という言葉を口走ってしまったことを後悔しながら、お金を出した。

 

強盗犯のように、大事にカバンを抱えながら喫茶店に入った。

しまった、ここの喫茶店はテレビが結構な音量で流れいるのゆっくりできないと

思いながら、たまごサンドを注文した。

ほんとはナポリタンがよかったが、今日はできないらしい。

 

不慣れな手付きでタバコを開ける。

新品のタバコはみっちり詰まっているので、なかなか取り出せない。

テレビではさかなくんが海に潜って沈没船に入り、ギョギョと言っている。

さっきあった地震に関する速報が表示されている。震度4。津波はない。

やっと取り出した1本に、さっき一緒に買った緑色の100円ライターで火をつける。

 

まずい。

 

酒場の女に貰ったたばこと(たぶん)一緒のはずなのに、まずい。

 

びくびくしていて、たまごサンドしか注文していないことに気づき、

追加でホットコーヒーを注文する。

 

もう一口吸ってみるが、やはり美味しくない。

おっちゃんが指さしていた他のキャメルを思い出そうとするが、

全く覚えていない。

酒場ではむせることなくスパスパ吸えたのに、毎回むせる。

中学生が先輩にタバコを吸わされているみたいだと思いながら1本吸い切り、

煙が出ないように、入念に揉み消す。

 

思いのほか量の多いたまごサンドを食べきり、

ほぼ冷めたホットコーヒーを飲みながら、

もう1本火をつけてみる。

そういえばこの喫茶店は少し寒い。

全然思っていた味がしないことに落ち込みながら、

少し本を読んで、会計を済ませる。

 

そのまままっすぐ家に帰り、

すぐに歯を磨いた。

いつもより入念に。

煙の感じをいち早く口の中から消し去りたかった。

 

まだ大人になるのは、早いらしい。

遅れてきた思春期みたいなものに焦燥感を感じながら、

手に残ったタバコの臭いを嗅いでいる。

 

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